TikTokか
哲学か
TikTokか、哲学か
先の見えない AI時代で、
“わたし”を生きるために。
先の見えないAI時代で、私を生きるために。

なぜ「自分の発揮」なのか。
生き方研究会の最初の入口を、
全3部にてお届けします。

※今回の講座は無料でお届けしています

先日、身内の付き合いで、とある式典に参加する機会がありました。
オフィシャルな場に出るのは、会社員時代の入社式以来で、少しワクワクしながら向かいました。

厳かな空間で、“校長先生の話”みたいな、特に実りもないスピーチが続く。

「おぉ、これだこれ。なんだか懐かしいなぁ」

と、しみじみしていたわけですが、二人、三人と続けば普通にしんどくなっていくものです。

思えば、僕は学校の集会が本当に嫌いでした。
昨今流行りのADHDだったからではありません。
こんなにも子どもたちがつまらなそうに聞いているのに、いい大人がどうして察することもできないのか。それがたまらなく謎で苛立っていたのです。

皆が形式として参加している、ある種の茶番であることは自明であって、
「今学期もお疲れ様でした!交通安全とお手伝い、頑張ってください!以上!」

なぜ、こうハッピーに終われないのか。

あれって話す側は、
聞き手の退屈な姿が気にならないのでしょうか。
やっぱり大人になっても、不思議のままです。

 

どこかしっくりこないまま..

思えば、こういう”ズレ”みたいなものは、人生を通して味わってきました。

特段、人付き合いが苦手だったわけではありません。いい友達にも恵まれたし、勉強も運動も強い苦手意識はなく、学校生活は楽しかった方だと思います。

ただ、それとは別の層で、「なんか違う..」という感覚が常にありました。みんなが盛り上がっている話題に、心の半分が入っていかない感じ。その違和感を、誰かに話したところで、”中二病”と一括りされてしまう時期です。

そんなうまく捉えられない、僕の寂しさを受け入れてくれたのは本でした。読書です。

言うまでもなく、その文章を書いた人々は、すでに世界にはいません。けれど僕は、確かに彼らから勇気をもらいました。

少し大袈裟に言うなら、
「ああ、生きててよかったなぁ」って。


普段は心の内を話そうものなら、

「難しく考え過ぎじゃない?」
「もっと気楽に行こうよ笑」

そう流されてしまう僕も、インターネットで発信している人たちの文章に触れるようになってからは、さらに世界が広がっていきました。
同じような葛藤を抱いている人間が、リアルタイムで存在していることを知るのです。
(ちなみに今僕が勤めている農業の現場も、インターネットを介した出会いです)

生まれた場所・世代・職場が、たまたま重なった関係。
価値観・見ている世界・ありたい姿が、重なる相手。

どちらの方がより、自分が好きな自分として、
思いっきり力を引き出してくれる人間関係でしょうか。

好きな自分でいられる関係。

テクノロジーのおかげで、 僕らは空間や時間に縛られずに、人間関係、つまりは社会に参与できる時代を生きています。 そう考えたとき、従来のような「コミュ力」や「陽キャ」「ウェイ」という言葉に代替される在り方が、人間関係の本質なのでしょうか。 僕は違うと思います。

例えば、YouTubeのコメント欄。
これも僕にとっては歴とした社会です。

自分が在りたい自分として在り、
それに対して共感してくれる人がいる。
同じような志を持って、

共に歩もうとしてくれる人がいる。

そう、

人間関係や社会を、空間(地域)や時間(世代)だけで区切る必要はもうないのです。
登りたい山・歩いていく方向、つまり価値観が近い人間とも、密に関わることが叶う時代になったのです。

『自分を世界に対して、最大限発揮する』 

生き方研究会では、このテーマのもと、今日まで活動してまいりました。 これを読んでいる方は、大なり小なりこの指針に共鳴してくれたんだと思います。 ありがたいことですし、嬉しい限りです。

 

現実の「運用論」として

ただ、その上で

なぜ、いま
『他の誰でもない、“わたし”の発揮』なのか

これは僕の好みだけの話ではありません。
“時代の流れ”という、逆らえない波への対策としても語っているわけです。

例えば、AI。
多くの人が抱えているのは、
「仕事が奪われる」という不安でしょう。
でもそれは表面の不安であって、本当に怖いのは、

自分が、何者でもなくなること。

これまで僕らは、労働や貢献を通して社会の中での居場所をつくってきました。その中で「自分は何者か」を確かめながら生きてきた。多くの人にとって、自己実現のルートは、ここだったんです。

でもこれからは、

「その仕事、AIがタダでできるよ?」
「AIの方が早いし、クオリティも高いよ」
「君に聞くより、AIの方が分かりやすいわ」

自分の仕事や能力が、
「あなたでなくてもいいもの」として扱われる場面が増えていきます。
効率や合理性、外部的な指標、肩書き、承認。
こういうものを頼りに人生を組み立ててきた人にとって、AIは脅威でしかありません。

「うまくやる」
その領域がもう人間には残らない。
そう聞いたとき、僕らは何を指針に生きていけばいいのか。

ここで、最初の話に戻るわけです。

似たような実感で世界を生きている相手と、自分が好きな自分として関わる。その中で自分を十全に発揮し、 行為それ自体が、報われている状態。
これは外部指標ではなく、 自分の内側から湧いてくる手応えを大切に生きていく在り方です。
当然AIには代替できません。 人間のあなたの中にしか起こらないものだからです。

理想論でも道徳論でもなく、〈エネルゲイア〉は、
混沌の時代を自分として生きるための”運用論”なのです。

 

不安の正体は、
“わからない”こと。

だからこそ今回、そのための講座を用意しました。
この話を、三つの角度から掘り下げていきます。

第1部 「個の時代に、育ってない個」

・お金、いくらあれば安心かわからない
・うまく生きているはずなのに、満たされない理由
・「このまま何者にもなれないんじゃないか」という焦りへの対処
・転職サイトを眺めても何もピンとこない理由

第2部 「今後の世界——二つの極」

・TikTok化していく人々
・哲学化していく人々
・アルゴリズムに人生を任せるほど、「カオナシ」へ
・AIに“仕事”を奪われる前に、「自分」を失う人々
・就活の自己分析からは見えてこない「自分」
・最適化された人生は、なぜ幸福を保証しないのか

第3部 「一人で生きられる時代に」

・自分を生きると、“好き勝手”生きるは別
・「何が向いてるか」より先に考えるべきこと
・「好き」を仕事にする前に考えたいこと
・なぜ、「自分の発揮」は幸福につながるのか

不安というのは、
何が起こっているかわからないから起こるもの。

裏を返せば、構造が見えれば、じゃあどうするか、を考えられるようになる。
この講座の後には、漠然とした不安がクリアになり、今後どう歩いていくべきか、その方向が見えているはずです。

 

生き方研究会の、最初の一歩。

今後はYouTubeとは別に、
一つのテーマを複数回かけて掘り下げる、そんな企画をやっていきます。

一番の理由は、みなさんともう少し距離が近い
「生き方“勉強会”」としての場所を用意するためです。

(今回は実装まで行けませんでしたが、)
ゆくゆくは、双方向のやり取り実践ワーク質問回答ライブ配信など、コミュニケーションが叶う場を作っていきたいと思っています。前提をすでに共有できているメンバーに対しては、くどい説明もいらないし、独特の共通言語も使えます。そういう場はそういう場として、色んなことをもう少しパワフルにお伝えできそうな感覚があるんです。

少し閉じた場所で、ゆっくり、互いをいち存在として認識しながら、深めていくこと。
そもそもが研究会という名であるように、メンバーがいることが前提なわけです。

そんな当初の思いを踏まえると、
今回の講座は、生き方研究会における、
ある意味で“最初の一歩”と言えるかもしれません。

どこかスカッとしない毎日を生きていた当時の僕にとって、いつかの本やネットで出会った誰かの言葉が、希望になったように。
生き方研究会が、あなたにとって、生きる勇気に、あなたらしさがより引き出される場になったら嬉しいです。

『自分を世界に対して最大限発揮するために』

そんな意志ある、
あなたのご参加を楽しみにしています。

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あわせて、今後、生き方研究会から学びや別の企画のご案内をお送りすることがあります。
不要な場合は、メール内のリンクからいつでも解除できますので、ご安心ください。
お預かりした情報は、大切に取り扱います。

 

P.S

ぶっちゃけ今の時代に、
こんなに長い募集文は流行りません。

ただ、今回やりたいことは、
少し違います。

落ち着いて、地に足つけて、
自分のペースで歩いていきたい。

そんな人と、
静かに、それでいて
着実に進んでいける場を作りたいのです。

メラメラでも、ギラギラでもなく、
どっしり構えて、静かに自分を発揮していく。

その感覚を大事に、
今回はこのような形になりました。

もしそれが合うと感じたなら、
きっとこの先も、
あなたにとっていい場になると思います。

生き方研究会 カンタ